米澤穂信 「ボトルネック」 感想&考察(ネタバレあり)
![]() | ボトルネック (新潮文庫) (2009/09/29) 米澤 穂信 商品詳細を見る |
古典部シリーズですっかりファンになったので違う作品も読んでみたのですが……
これは面白い!!
パラレルワールドのSFミステリーです。
主人公は亡くなった恋人を追悼するために東尋坊を訪れますが,そこで何かに誘われるようにして恋人と同じように崖から転落します。
気がつくと地元の金沢にいて,そこは自分が知っていた世界と微妙に違っています。
パラレルワールドものなのですが,最後の後味の悪さというか作品に含まれている毒が最高です。
古典部シリーズのほろ苦さよりも,さらに暗くて重いです。
ストーリーも文体もラノベに近いのですが,この材料でこういう味付けをしてくるとは流石です。
古典部シリーズにも主人公の姉が登場しますが,この作品に登場する姉が実にいいキャラなのですが,いいキャラなだけに……
読みやすいのでアニメで米澤さんを知った方にもお勧め(BAD END耐性が必要かもしれませんが……)です。
深い意味を持っている作品なのですが,ラノベ感覚で読んでそこに気がつかないと訳がわからない,ラストの展開に納得いかなくて低評価になってしまうかもしれません(Amazonのレビューを見ると理解できていないゆえに低評価をつけている人が多くいます)。謎のままで終わるところが幾つかあるので,そこを考察すると色々と見えてくるものがあります。読者が探偵役になって答えをだすというスタイルなのでは。
東尋坊,金沢と知っている場所が舞台なので楽しめました。米澤さんは金沢の大学に行っていました。
後はネタバレになるので追記で:
文庫版の巻末の解説が詳しく説明しているので,それ以外のボトルネックを理解するためのヒントと考察を中心にします。
舞台になっているのは2005年の12月。
2005年の12月3日に主人公のリョウは東尋坊に行き,パラレルワールドに旅立ちます。
元の世界に戻ったのが月曜日と書かれていて,パラレルワールドでも3日間を過ごしていることを考えると物語の終わりは12/5であると考えてよいでしょう。
ボトルネック
wikipediaのボトルネックの説明。
作品中でも「瓶の首は細くなっていて,水の流れを妨げる。そこからシステム全体の効率を上げる場合の妨げとなる部分のことを,ボトルネックと呼ぶ。全体の向上のためには,まずボトルネックを排除しなければならない」と説明されています。
文庫本の表紙と作品中の事件からして表向きは交通に関係して用いられていることがわかりますが,読み終えてからこの説明を読むと,別の意味が見えてきます。
緑の目の怪物
グリーンアイド・モンスターに関する説明。
本文中でも「ねたみのかいぶつ。生をねたむ死者のへんじたもの。一人でいるとあらわれ,いろいろなほうほうで生きている人間の心にどくをふきこみ,死者のなかまにしようとする。心のどくを消すほうほうはない」
後半で唐突に登場するこのグリーンアイド・モンスターがパラレルワールドを理解するための助けになっています。
東尋坊に「一人」で恋人の追悼に行ったリョウは「おいで,嵯峨野くん」という声に招かれてパラレルワールドに旅立ちます。
この声の主,パラレルワールドに迷い込ませたのは誰なのかというのが謎になっています。
これは東尋坊で事故死したリョウの恋人,ノゾミであると思われます。
「おいで嵯峨野くん」という声がかすれ声だったというのがその理由です。ノゾミはかすれ声でした。
ノゾミが呟いた「死んじゃえ」は地主のばあさんに対するもの。裕福な地主であり,イチョウを撤去すればさらにお金がもらえたのに,じいさんの思い出ということで切らせないその余裕。借金を背負って金沢に引っ越してきたノゾミからするとねたみの対象になります。
ノゾミが一人で東尋坊に来たリョウを死の世界に招こうとして,リョウの心に毒を吹き込みます。
リョウが旅立ったパラレルワールドはノゾミがリョウに見せた夢の世界。死者の世界が見せた幻想のようなものです。
その見せた世界(パラレルワールド)を通してリョウの心に毒を吹き込み,自分が元居た世界で排除されなければならないボトルネックになっていたということを認識させて,死者の仲間にしようとしています。
ノゾミが見せたのはリョウが自分の存在を全否定せざるを得ない世界。
リョウの世界を暗いものにしている原因となっているもの,両親の不仲,自分の居場所だった食堂の倒れた爺さん,兄の存在,ノゾミの死。
パラレルワールドで間違い捜しをさせることによって,生まれなかった姉が実在していてリョウのいない世界だったら,万事物事が上手くいっていた,サキが世界に関わることによって問題は無くなっていたというのを見せます。
リョウが蔑み溜飲を下げていた兄をいい人として描くことによって自己嫌悪に陥らせ,親切な人だと思っていたフミカを性根が腐っていた人物として描き(ノゾミの死と最も深く関わっていました),ノゾミの死を後悔させています。
パラレルワールドでイチョウの木が切られていたことにノゾミの毒が表れていますが,そのことを食堂の爺さんの死と結びつけるところなどノゾミの毒気を示しています。
自分の不幸な境遇のために毒を内部にため込み,グリーンアイド・モンスターとなります。
同じように不幸なリョウに共感するようになりますが,自分が死にリョウは生きている。そのねたみからリョウを死者の仲間にしようとしています。
リョウが恋した人であるノゾミが実はそんな人物でありながらも,リョウはそのことに気がついていない,ヒロインのポジションでもあるノゾミがそんな毒を持っていたということも後味の悪さを醸し出しています。
終盤でのリョウの言葉「もう生きたくない」
それに応えるのが「やっとそう言ってくれたね,嵯峨野くん」なのですが,これもかすれた声ということで,ノゾミであると思われます。
ではその言葉の後でリョウが行った世界はどこなのか。
これは元の世界ですが,そこに戻したのはリョウを死の世界に招くため。
パラレルワールドで自分の存在がボトルネックになっていた,毒のような存在だったということを認識し,「もう生きたくない」と死を決意させることに成功します。
しかし,パラレルワールドはノゾミが見せている世界,夢のようなもので実在する世界ではありません。
ですから,その世界でリョウは死ぬことができません。だから,元の世界に戻し,死ぬことができるようにします。
しかし,それを妨げたのがツユからの電話でした。
このツユが何者なのかというのも謎になっています。
それを理解する助けになるのが,川守という子供です。この川守の存在が大きな謎になっています。
その正体はツユ,生まれることがなかったリョウの前に生まれるはずだった子供です。
川守は男の子か女の子かがわからないと書かれています。これは流産したツユがまだ性別がはっきりしない時期に亡くなったことを示していると思います。
でもリョウは姉として認識していました。だからサキは姉としてパラレルワールドに登場します。(サキもベリーショートで中性的です。作中でも何度もベリーショートが強調されていました。川守も髪をばっさり切っていると)
「川守」という名前は三途の川を守る者を連想させます。
生から死へと引き込もうとするグリーンアイド・モンスターから死者の世界に行かないように守るもののポジションです。
ツユは川守としてグリーンアイド・モンスターであるノゾミが見せている世界の中に登場し,死者の世界に行かないように助ける働きをしています。リョウにこの世界のヒントを与えています。
それで,終章で元の世界に戻り死の世界に行こうとしていたリョウを引き留めるために電話をかけてきています。
それによってリョウは「夢から覚めたような気持ちになった」と。
ノゾミが見せていた夢から覚め,崖の下への解放へと向かうとしていたところでしたが足を止めます。
ツユ=サキは「イチョウを思い出して!」と。
作中で何度も登場していたイチョウがここでも鍵を握っています。
なぜ「イチョウ」なのか。作中の鍵となるワードの一つでもあります。
その理解の助けになるのが「夢の剣」
「夢の中にいるわたしを傷つけることができるのは,きっと,夢みたいな『理由』だけなんだと思う」
という二章の終わりでのノゾミの言葉。
この言葉にもノゾミがリョウに見せているのが夢の世界のようなものであることが示されています。
そのノゾミを傷つけることができる「理由」をリョウは「夢の剣」と。
「夢の剣」が再び登場するのが四章の終盤。
フミカの不確実ないたずら(睡眠薬)によって不幸の確率を上げることによってノゾミを傷つけようとした悪意が明かされます。
パラレルワールドの方でイチョウの木がなくなることによって変化した交通量がノゾミを殺すものになろうとしていました。
そんな不確実で偶然に左右されるような夢みたいな方法でノゾミは傷つくことになる……
しかし,今度はサキの機転もあって悪意を見抜くことができたので,ノゾミを失わずにすみます。
想像力によってノゾミを助けることができていました。
それでツユ=サキは「思考には限界はない……想像して……イチョウを思い出して」と。
ノゾミの毒に対抗できるのが想像力,それによってノゾミを救うことができたことを思い出してと言おうとしていたわけです。
「夢の剣」はノゾミを傷つけるものであるとリョウは考えていましたが,それは同時にグリーンアイド・モンスターであるノゾミを傷つけることができるものともなります。川守が見せたグリーンアイド・モンスターはゲーム機の中のものでした。夢の剣もゲームに出てきそうなアイテムです。
ノゾミはパラレルワールドでもノゾミを失わせることによってリョウの心に毒を吹き込もうとしていました。
心の毒を消す方法はありません。
だから,グリーンアイド・モンスターを倒さなければなりません。
そのアイテムとなる「夢の剣」,きっと夢みたいな「理由」となるのがノゾミを助けることができたというリョウとサキが成し遂げることができたこと。
サキが見せていたような想像力や行動力,観察力があればリョウも心の毒に打ち勝つことができるはずです。
しかし,そこにメールが。
「リョウへ。恥をかかせるだけなら,二度と帰ってこなくても構いません」
これはリョウの母からのメールに見えます。
兄の葬式は12/3でした。前述したように帰ってきたのが12/5だと考えると,リョウは兄の葬式に出席せず,母に恥をかかせています。そのため,このようなメールを送ってくることが考えられます。
わたしはこれもノゾミが死者の世界に招くために送らせたものだと解釈しています。
ツユが通話してくることができるなら,ノゾミもメールを送ることができるはずです。
自殺の名所である東尋坊なら死者の世界と生者の世界を繋ぐホールのようなものがあってもおかしくありません。
それで,リョウは生と死どちらを選ぶのか……
その答えは本文内では語られていません。
ヒントとなるのはツユからの電話の後で,「真っ暗な海と曲がりくねった道。それは失望のままに終わらせるか,絶望しながら続けるかの二者択一」というリョウの言葉。
真っ暗な海は,ノゾミの見せた毒によって失望のまま死を選ぶことを意味し,曲がりくねった道は,崖から引き返して生きることを選ぶこと,ノゾミが見せた毒によって自分がボトルネックになっていたと絶望しながら生きることを意味しています。
「自分で決められる気がしなかった。誰かに決めて欲しかった」とリョウはどちらの道を選ぶかを決めることができないでいます。
でもメールを見てうっすらと笑うリョウ。
自分が恥となっていること,帰る場所が無いことを示す内容のメールでした。
それを見てうっすら笑うということは,ノゾミの思い通りの結末を選ぶことを示唆しています。
死者の世界にいるツユは何とかしてグリーンアイド・モンスターからリョウを助けようとしています。
川守としてグリーンアイド・モンスターが見せている世界の中に割り込み,ヒントを与えることをしています。
リョウの前に現れることができたのが,東尋坊の最寄り駅,サキがどこかに行っている時であることを考えると,グリーンアイド・モンスターと比べるとツユは死者の世界の中でも非力な存在であることがわかります。
何とかしてリョウを助けようとしますが,その力は限られています。
そのためその願いはリョウには結局届かない……と考えると,非常に後味の悪い結末になります。
リョウがあのメールを笑い飛ばし,サキのように強く生きることができるキャラならいいのですが,あの性格とサキにコンプレックスを感じていたことを考えると生きる選択をした可能性は少ないのではないでしょうか。
ツユ=サキからのメッセージ「イチョウ」も呪いの象徴として受け止めてしまっていました。
心の毒に打ち勝つための助けとなるサキを拒絶してしまいました。
終章の「昏い光」昏いは日が暮れた暗さを意味し,自信のなさやふさぎ込んだ心理状態も指しています。
リョウが戻ってきたのは夕暮れ。でもリョウが見ているのは闇と暗い夜空。
そこにツユからの携帯電話の頼りない淡い光が浮かび上がります。
このことからもツユの死者の世界に行かせないとするその力が弱いもの,淡い希望の光しかリョウの心に差し込まなかったことを示唆しています。
この救いのなさが独特の重い読後感を与えてくれます。
〈サキ〉に生まれられなかった、おしまいの僕
ボトルネック / 米澤穂信
[本の雑文]安眠練炭氏の「きたろー氏の(中略)に対する反応」に対する再反応
[本] 『ボトルネック』感想
こうした感想記事にあるようにボトルネックは様々な解釈ができるので,わたしの説が正解だとは限りません。
作者が語ってくれると面白いのですが,読者に任せるというスタイルのように感じます。
様々なヒントから読者が探偵役となって答えを推理する作品でもあると言えそうです。
映画化したら面白いのではと思うのですが,終章の解釈が難しいので,それをどう描くのかに悩むことになりそうです。
http://2chbooknews.blog114.fc2.com/blog-entry-1139.html
舞台となった場所が
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ちょうどこの本を読み終わり、
最後の終わり方が気になり
この解説を読ませて頂きました。
他のサイトも読んだのですが
個人的にはこの解説がいちばん
しっくりきています。
どれもキーワードとして
イチョウの木とグリーンアイド・モンスターをあげていることにはかわりがありませんが、最後の解釈が異なっていますね。
でもこの解説なら
サキ=ツユも成り立ちますし、リョウが本当の意味のイチョウの木を受け取れず結果的に死を選んでしまったということで一応すっきりします。
私は高校1年で米澤さんの作品はボトルネックがはじめてです。
全体的にこの物語は暗いかんじですが(主人公が暗いですし)、よくかんがえられていてしっかりした構成だと感じました。けれどミステリなのに明確な記述は少なく、それとなく示唆しているような感じが作品に奥行を出しているのかなとも思いました。
他の作品も読んでみたいです。
長文失礼いたしました。
ボトルネックは米澤さんの代表作の一つになる素晴らしい作品だと思っています。
古典部シリーズの次に読んだのがこの作品だったのですが,米澤さんがミステリー作家としても素晴らしい才能の持ち主であることを知ることができました。
ボトルネックが最初に読んだ作品だというのは凄いですね。
アニメで米澤さんを知った人が多いと思うので,そういう人にこそこの作品を読んで欲しいと思っています。
次に読む作品としてお勧めなのは「さよなら妖精」です。
古典部シリーズの最終巻になる予定だった作品ですが,古典部シリーズとしては出されなかったので,これだけでも楽しめます。
読み終えて腑に落ちない点がいくつかあったので検索して、この記事を読ませていただきました。
ただただ感心するばかりですごいなあと思いました!
グリーンアイド・モンスターってなんだろうとか最後のイチョウの木はどういう意図で言ったんだろうなど疑問があったのですが全て解決してとてもすっきりしています。
受験前なのですが、古典部シリーズをはじめとした他の米澤作品も読んでみたくなりました(笑)
ありがとうございました。
文芸批評として楽しく拝読させていただきました。
もやもやが晴れた気がしました。