米澤穂信 「リカーシブル」 感想
![]() | リカーシブル (2013/01/22) 米澤 穂信 商品詳細を見る |
米澤さんの2年ぶりのミステリー長編です。
わたしは「氷菓」がアニメ化されるということで古典部シリーズを読み始め,米澤作品にはまりました。
ということで「リカーシブル」は初めて手に取る新作ということになるのですが,わたしの地元の本屋ではそれほどプッシュされておらず,普通の新刊という扱いでした。
古典部シリーズは角川ですが,こちらは新潮社ということなので「あの氷菓の米澤!!」みたいな売り方はされていませんでした。
先日テレビ欄を見たら「インシテミル」が放送になっていたのですが,これは新作にあわせたのか?!……(ファンの間ではインシテミルは映画化されていないことになっています)
さて「リカーシブル」ですが,たいへん面白かったです。一気に読んでしまいました。
帯では「青春の痛ましさを描いた名作 ボトルネック の感動ふたたび」と書かれているのですが,町に伝わる民話が登場したりと「犬はどこだ」的なものもあります。
全体的にはミステリーというよりもホラーな雰囲気がただよい,スティーブン・キング的な話に見えるのですが,伏線の張り方は流石でしっかりとミステリーしています。終盤の怒濤の展開は見事でした。
ミステリーとして面白いですし,小説としても読み応えがあります。そして,米澤作品ならではのほろ苦く重い読後感をしっかりと味わうことができます。
ネタバレ含むので残りは追記で。
あらすじ:
「ほろ苦い家族の過去を乗り越えて 姉と弟がうらぶれた町の謎に迫る」
「父が失踪し,母の故郷に引っ越してきた姉ハルカと弟サトル。弟は急に予知能力を発揮し初め,姉は『タマナヒメ』なる伝説上の女が,この町に実在することをする-。血の繋がらない姉と弟が,ほろ苦い家族の過去を乗り越えて地方都市のミステリーに迫る!」
これが帯に書かれているあらすじで,複雑な家族関係,町の謎,ホラー&SF展開を予想させるものになっています。
タイトル:
リカーシブ Recursive:「再帰的な。自分自身に戻ってくるような。プログラミング言語においては,処理中に自らを呼び出すような処理をいう」と表紙裏に説明されています。
これで思い出すのが「ボトルネック」です。ボトルネックもプログラミングに関係する言葉でしたし,作品中でその言葉の意味が説明されていました。
表紙での英語タイトルは RECURSI-BLE
BLE をつけることによって –able:-できる,-に適したという意味を持たせています。
Recursive も-ive:-の傾向を持つ,-の性質を持つといった意味の形容詞になっていて,自分自身に戻ってくるような性質,傾向を意味していますが,タイトルでは「ブル」をつけた造語にすることによって,それが「できる」ことが強調されています。
タマナヒメ:
ではなにが「できる」のか。
本作品の鍵を握り最大の謎になっているのが「タマナヒメ」です。
ハルカたちが引っ越した町,元「常井町」にはタマナヒメ伝説が残っていますが,それは村の危機を繰り返しタマナヒメが救うというもの。
それも村の危機の際にこちらの要求を役人たちに飲ませた後,その相手が死亡し,役目を果たしたタマナヒメが自殺しているというきな臭い話です。
初代タマナヒメは村に匿われたお礼に七生生まれ変わっても村を守ると誓っていました。
それ以降,村に危機が訪れた時にタマナヒメが暗躍してきています。
タマナヒメは死後に代替わりしているのですが,それぞれ過去と未来を知っているように見え,特別な能力を持っているようです。
ハルカはこれから何が起きるそか,そしてその対処法を知っていたタマナヒメの予知能力を弟サトルの言うことと重ねるようになります。弟もこの町で過去に起きたこと,これから起きることを知っています。
タマナヒメが未来も過去のことも知っている……時間を超えて存在している普遍的な存在ではないか……とSFな話になってきます。
やがてそのときのタマナヒメになった娘が常井町に危機が訪れた時の町の代表,窓口となって事にあたるだけで,特別な能力なんてなくタマナヒメの生まれ変わりではない。と説明され,賄賂と殺人を繰り返していたということがわかり,生臭い話になります。
しかし,現在のタマナヒメであるリンカが先代のタマナヒメしか知らないことをなぜ知っているのか。逃げることもできるのになぜ歴代のタマナヒメは死を選ぶのか……というハルカの疑問が終章で語られます。
「それとなく訊いてみよう,あの子が,いま何歳なのか」
とタマナヒメが記憶を残したまま転生または憑依を繰り返していることが示唆されています。
それで,タマナヒメが自分自身に戻ってくる,再起することが「できる」(Recursi-ble)ということをタイトルが示す結末になっています。
これらのことからすると,タマナヒメは常井の利益を最優先し,そのために手段を選ばず,役目を終えるとそこから消えるというのが型になっていて,その一連のプログラムを繰り返す傾向を持っている,そういう処理をするようにプログラムされて(Recursive)いるように見えます。
ハルカが言っていたようにタマナヒメは普遍的な存在で「自らを呼び出すような処理」が施されていて,役目を終えた後に再登場することを繰り返している存在のようです。
おそらく「タマナヒメ」は常井の地に根付く何らかのスーパーナチュラルな存在で,その地を守ることがその行動目的になっていて,そのために常井の人々をも操っているのではないでしょうか。
福引きの時に商店街の人たちがどんよりとした目でただ立っていたという描写や住人の不気味な雰囲気は何らかの力によって操られているように見えます。
高速道路計画も冷静に考えればそれによってすべての問題が解決するわけではないことがわかりそう(リンカもハルカの指摘によって気がついていました)なのに,盲目的な信仰を寄せています。
「高速道路はすべてを救う」というスローガンやそれに宗教的な響をハルカが感じたように新興宗教による洗脳的なものを感じさせます。
田舎なだけに古い慣習が残り,地元の伝承も人々の心に生き続けています。
それゆえにタマナヒメという霊的な存在も生き残り,いまでも人々に影響を及ぼしているのではないでしょうか。
構成としての Recursive:
終盤ですべては5年前のことを繰り返していたということが明らかになります。
サトルがこの町に戻り,5年間に起きたことを再び体験させることによって記憶を呼び起こし(Recursive) 「水野報告」を取り戻そうとしていました。
この構成が見事でした。
サトルの予知能力だと思わせながら,しっかりと伏線を仕込んでいました。
第一章一行目の「何をしようとしていたのかを思い出せなくて,自分の動きをなぞってみた」
最初にリカーシブルの構成が示されていたことに最後になって気づかされ,読者もページをめくって小説の冒頭へと戻ってきてしまうという仕掛けになっていました。
それに加えて,タマナヒメの行うことが繰り返されていましたし,この町から逃げ出した母とサトルが戻ってきています。
町から逃げることになった5年前の出来事もタマナヒメが絡んでいました。
おそらくタマナヒメには関わった者を逃さないようにその力を働かせているのではないでしょうか。
逃げようとしても戻ってしまう呪いのようなものかもしれません。または戻らざるを得ないように人々を動かしていることも考えられます。
ハルカの父の事件もサトルを呼び戻すために仕組まれたかもしれません。
偶然なのか意図的なのかはわかりませんが,序章での「ああ,着いてしまった」という母の言葉から,意志に背かせる行動をとらせることができることが示唆されています。
家族としての Recursive:
母の考えていたことやその行動がわかってしまうと暗い気持ちになり,この先この家族がどうなるのだろうという気持ちにさせられてしまいます。
でも唯一の救いはハルカとサトルが本当の意味で「きょうだい」になれたということです。
サトルを「弟じゃない」と言っていたハルカですが,サトルに味方することを決め助けることをします。
血が繋がらず一緒に暮らしているだけでしたが,これからは「きょうだい」としてやり直すことができそうです。
ハルカは誰もサトルに味方する者がいない,母に売られ町全体から責められている……
そのサトルにハルカは自分の姿を重ねたはずです。
家でも学校でも居場所が無いような状態にあるハルカでしたが,サトルも同じであることに気がつきます。
「待ち人来る」で父のことを信じていたハルカでしたが,届いた離婚届を見て父が戻ってこないことを悟りますが,サトルは産みの母から保身のために売られるという有様です。自分の境遇ゆえにサトルに共感できるようになっていました。
このラストの後でもう一度家族としてやり直すことができるのか,家族がどこに再帰するのかというのが気になりますが,その判断は読者にゆだねられています。
わたしはハルカとサトルと母の三人で家族として再スタートできるのではないかと思っています。
裏表紙の絵になっているキャンディボックス。これはハルカが父から貰ったものでした。
第一章でハルカがキャンディボックスを手にしたときにはサトルを拒絶していました。
ハルカにとって家族とは血の繋がる父だけでした。
しかし第八章ではキャンディボックスの中に入れていたおみくじを破って捨ててしまいます。
これによって信じていた父親との絆はハルカの中で切れてしまいました。
そこにやってきたサトルに対して第一章とは違う接し方をしていました。
ハルカは母の弱さを知ることによって天使のような人ではないことを悟ります。
そうして家族を取り巻いていたものの本当の姿を知った上でもサトルをこれからも守ろうとし母の待つ家に戻ります。
これまでは血が繋がらないということで表面的な繋がりでしたがハルカの強さならきちんと受け止めて向かい合ってゆくことができそうな気がします。
離婚届によってこれまでの家族は終止符を打ちましたが,新たなスタートをすることができるのではないでしょうか。そのためにはこの町を出ることが必要だとは思いますが……
最後に:
ハルカがいいキャラしていました。
年の割には大人びていて行動力,洞察力がありすぎのようにも見えますが,ハルカの境遇を考えると納得できいます。
血の繋がらない家族との同居,知らない土地で新学期を迎えています。
引っ越してきた事情も訳ありですし,誰も頼れる人がいない状況です。
そんな中で自分を守るために他の人との距離感を計ったり,何を考えているのかを見抜く力に長けていったのではないでしょうか。
ミステリー作家なだけにあまりキャラを書き込まない感があったのですが,ハルカというキャラの魅力や内面が引き出す描き方がされていました。女性主人公の作品をまた書いて貰いたいです。
観戦していたスーパーボウルが勝負あったと思われたので,リカーシブルの感想を書き始めたのですが,そこから熱い展開に!!
停電後は見応えのある凄い試合でした。
22点差がつけられていていましたが,SFは停電中にモチベーションを高め,そこからは守備も攻撃も気合いが入りまくっていました。
BALはもう勝負は決まったみたいな感じで停電中リラックスしていたのですが,もう少しで追いつかれるというところまで追い込まれてからもう一段ギアを上げることができていました。
ボールディンの完璧にカバーされていながらも1stDown更新を決めたキャッチは素晴らしかったです
SFは最後の残り5yのところをランで押していたら……。なぜ三回もパスを……
激戦で見応えのある試合でした。これぞアメフトの試合という感じで見所たくさんでした。
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