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村上 春樹 「色彩を持たない田﨑つくると,彼の巡礼の年」 感想

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
(2013/04/12)
村上 春樹

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村上さんの新作を読んでみましたが,面白かったです。
個人的に村上さんの長編小説は初期の方が好きでねじまき鳥以降はそれほど評価していませんでした。
1995年の震災と地下鉄サリン事件によって社会的にコミットメントした作品を書くようになったのがその主な理由なのですが,今作品ではそうしたものから解き放たれて自由に書いている感じがします。
ここのところのの長編は書きたいテーマ,扱うべきテーマがあって方向性を決めてから作品を作り上げてゆくような感じがあり,震災やサリン事件に象徴される理不尽で突然な暴力や閉鎖された特殊な社会といったものがコアの部分にあったのですが,今作では社会的なものではなく,もっと個人的なものがテーマになっています。
簡単に言うと理不尽に失われた自分の居場所と人世を取り戻すといったストーリーです。
村上作品の中でトップレベルの傑作というような作品ではないですが,最近の長編の中では一番好きです。

動画はタイトルと関係があり,作中で何度も登場する曲,リストの巡礼の年。
リストのピアノ曲で第一年,スイスの中の8曲目,郷愁 Le mal du pays 「ル・マル・デュ・ペイ」です。

以降は作品の内容に触れるので追記に。ネタバレ注意です。






「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年」は主人公多崎つくるの3つの時代に及ぶ話になっています。
一つは高校時代から続いていたアカ,アオ,シロ,クロとの友達5人との間で作り上げていたグループの時代。「乱れなく調和する共同体」です。
その次がその共同体から追放された大学2年の7月からの時代。死ぬことだけを考えた6ヶ月とそこから立ち直る話。
そして,36歳となったつくるの現在の話。知り合った沙羅との会話によって過去に起きた事柄が語られてゆき,追放の理由を探るためにメンバーのもとへと訪れ(巡礼)ます。

「乱れなく調和する共同体」の中でつくるは自分だけが姓に色を持たないため疎外感を感じていながらも,そこを自分の居場所として大事にしています。
そこから追放されることによってつくるは漂流することになり自分の居場所を失うことになります。

そんな中になってつくるを繋ぎ止めてくれる役割になったのが,大学時代の友達の灰田でした。
シロとクロを混ぜた色であるグレイということで,4人からの拒絶によって漂うことになるつくるを受け止める存在になっていました。
そのことが性夢を見るようになったつくるの夢の中で行われていました。

そのきっかけとなったのが灰田の「緑川」の話。白黒を混ぜた色が登場したので,赤青を混ぜた色も登場するのかと思ったのですが,赤と青を混ぜた色となると簡単ではないし……
この緑川の話が村上作品によく登場するスーパーナチュラルな展開になっているのですが,作中では明確に答えが語られていないため,これが物語の本編とどのように絡んでいるのかまだ解読途中です。緑川や灰田のことはつくるの人生の中で到着し出発してゆく列車のようなポジションではないかと今は考えているところです。灰田も緑川も一つの場所にはとどまらないタイプだったし。


タイトルに「巡礼」が入っていますが,自分の居場所を失ったつくるは天職である駅をつくる仕事によって世界に自分をつなぎ止めることをしています。
しかし,沙羅に出会うことによってスイッチが入り,これまでの失われた時間を取り戻すために共同体のメンバーに再会しに行くという巡礼を行うことになります。

巡礼ということで宗教的な響がありますが,つくるを追放することになったユズには悪霊がついていたとクロが言っていたように,ユズは聖書の裏切り者のユダを思い起こさせます。
グループから追放するというのも破門みたいなものです。
ユズの裏切りによってつくるは追放。それによって安定が保たれることになるのですが,それによってつくるは象徴的な意味での死を経験,罪を被ることになります。裏切り者のユダがその後悲惨な死を遂げたという点もユズに重なります。

追放されたことを船のデッキから夜の海に一人で放り出されたようだったと語るつくるですが,ユダヤ人の律法では山羊に罪を負わせて野に放つという取り決めがあり,そのことからスケープゴートという言葉が使われるようになっています。
その役割を果たしたのがイエスなのですが,つくるが経験したこと,その象徴的な死とそこからの復活には関係があるように思えてきます。


村上さんの作品なので今後いろいろと論じられ考察がされることになると思うのでとりえずここまでにしておきます。

この作品を魅力あるものにしているのは「乱れなく調和する共同体」にあると思います。
学生時代の関係は一般的には長く続きません。
卒業するとそれぞれ所属するものが違ってくるし価値観や環境も変化してくるのでどうしても疎遠になります。

それに耐えられず自ら壊して外に出たシロと追放されたつくるとの対比が面白いです。
外の世界に出ることによって急速に色褪せてしまうシロ。
激しい人混みの鉄道駅の中で静かに観察するつくる。
駅をつくるという行為を通してその世間の激流の中でも流されることなくなんとか自分のポジションを得ています。
多のメンバーも自分なりの方法で自分を世界につなぎ止めています。

輝きのある学生時代,そこから成人し社会に出て行く時代,30代半ばという一人前になり成熟した時代を描くのですが,それぞれにとって学生時代の出来事が大きな位置を占めることになっています。
それを各自がどう受け止めどう生きてきたのか。

つくるにとって辛い思い出となってきたものも巡礼を通してそれぞれの人生を知ることによって失われていたものを取り戻してゆきます。

しかし,取り戻せないシロ。

シロについてはクロからの情報によって知っただけで,実際に巡礼をすることはしません。
その真相に関しては空白になっています。

これはつくるにとって過去のことはもうけじめがついたことを意味していると思います。
もう過去には縛られず,前に向かって進もうとしています。
シロのことはもうつくるの人生に関わることはないのではないでしょうか。

つくるが見ているのは沙羅とのこと。先のことです。
物語はその結末が語られる手前で終えられています。

これも読者がつくると同じ視点であるようにしているためでは。
結末を知りたがっているつくると読者を同じ位置に立たせています。

小説の冒頭でつくる追放時の話が語られ,それから現在の沙羅との会話に戻るのですが,その時の過去編の最後の台詞が「自分に聞いてみろよ」というアオの言葉でした。

この小説の結末も「自分に聞いてみろよ」自分で答えを出せというメッセージになっているのではないでしょうか。








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2013-04-13 23:06 : Book : コメント : 0 : トラックバック : 1
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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年村上 春樹文藝春秋 刊発売日 2013-...
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